歯列矯正と聞くと「高額」「長期間」「装置が目立つ」というイメージが先行しがちですが、実は近年、限られた部位だけを集中的に動かす部分矯正(限局矯正・MTM=Minor Tooth Movement)が注目を集めています。米国矯正歯科学会(AAO)の2024年調査によれば、成人矯正患者のうちおよそ28%が部分矯正を選択しており、コストや治療期間を理由に全体矯正を敬遠していた層が取り込まれていることが分かります。本稿では、部分矯正の概要からメリット・デメリット、適応症例、かかる費用・期間、そして治療法ごとの比較まで徹底解説します。
部分矯正とは何をする治療か

部分矯正はその名の通り、上下の歯列すべてを動かすのではなく、主に前歯部や数本だけをターゲットにして位置や角度を整える治療です。審美寄りの目的で実施されることが多くなっています。代表的な適応は次のようなケースです。
- 前歯の軽度のすき間(空隙歯列)
- ねじれや軽いデコボコ(叢生)の改善
- 加齢や歯周病で開いたブラックトライアングルの縮小
- インプラント前後のスペース確保
- 矯正治療後の後戻りを再調整
一方で、奥歯の大幅な咬合不正や上下顎骨のズレがある場合は全体矯正、あるいは外科的矯正が不可欠になります。
メリット:費用・期間・装置の負担が小さい

1.治療費が全体矯正の 1/3~1/2
矯正専門クリニック60院の自費料金を平均すると、日本全国の全体矯正(ワイヤー/マウスピース)の相場は70万~120万円。一方で部分矯正は10万~40万円程度が中心帯です。特に上下いずれか前歯6本のみなら20万円前後に収まる例も珍しくありません。まとまった資金が用意できない方には大きなメリットです。
2.期間が短い
全体矯正が平均1年半~3年かかるのに対し、部分矯正は3ヶ月~1年でゴールする症例が多数派。結婚式や就職活動など「半年以内に前歯を整えたい」というニーズに応えやすく、ライフイベントに合わせたプランニングが可能です。
3.痛みや違和感が少ない
動かす歯が少ないため、歯根膜に加わる矯正力全体が小さく、術後の疼痛や違和感が軽減される傾向があります。米国の臨床報告では、部分矯正患者の術後3日以内の疼痛スコアが全体矯正群より35%低かったという結果が示されています。
4.装置が目立ちにくい
最近は小型ブラケットや白いワイヤー、透明マウスピースによる部分矯正が主流。装着範囲が前歯部だけなら、お口を大きく開けても気付かれにくい点が評価されています。
デメリット:適応範囲が限定的、後戻りリスクが高い
1.噛み合わせや骨格の問題は治らない
部分矯正は「見える範囲の歯列」を整えることに特化しているため、奥歯の咬合高径不足や骨格的な上顎前突・下顎後退は解決できません。これらを無視すると、将来の顎関節症や咀嚼障害の原因になる恐れがあります。
2.後戻りしやすい
全体矯正に比べ、周囲の歯や咬合力の影響を受けやすく、保定(リテーナー)を怠ると数ヶ月で元の位置に戻ることもあります。保定期間は最低1年間、夜間だけでもリテーナーを装着する覚悟が必要です。
3.歯の削合が必要なケース
叢生を無理に並べる際、エナメル質を0.2〜0.5 mm研磨するストリッピング(IPR)を行うことがあります。適切に行えば問題はありませんが、削る量が多いと知覚過敏リスクがわずかに高まります。
主要治療法を徹底比較
項目 | ワイヤー部分矯正 | マウスピース部分矯正 | 裏側(リンガル)部分矯正 |
---|---|---|---|
見た目 | 表側に金属or審美ブラケットが付く | 透明で目立ちにくい | 外からは完全に見えない |
コントロール性 | 軽~中等度の歯の移動に強い | 回転や大きな移動は苦手 | ワイヤーなので自由度高いが技術料高騰 |
期間 | 3~9か月 | 4~12か月 | 4~10か月 |
費用目安 | 15~35万円 | 20~40万円 | 25~45万円 |
適応症 | ねじれ・傾斜・すき間 | すき間・軽度叢生 | 審美性を最重視+技術的に可能な症例 |
デメリット | 表側装置の違和感 | 装着時間を守らないと効果低下 | 発音障害・舌側清掃が難しい |
※価格は全国平均を参
医院選びで失敗しない3つのチェックリスト

- 精密検査と診断力
レントゲンだけでなく3DCBCTや口腔内スキャナーで詳細解析し、部分矯正の適否を科学的根拠で説明できる医師を選びましょう。 - 症例写真とビフォーアフター
同年代・同程度の難易度の症例を必ず見せてもらい、仕上がりのクオリティを確認。 - 保定プログラム
リテーナー費用が治療費込みか、保定期間の定期チェックが含まれるかを事前に質問し、トータルコストを把握しておくことが重要です。
部分矯正が向いている・向いていない典型例
向いている
- 上下前歯の軽度のすき間(1~2 mm)
- 片側犬歯のわずかな捻転
- 前歯の後戻り再矯正
- インプラント予定部のスペース確保
向いていない
- 過蓋咬合や開咬など上下咬合の大幅不正
- 顎骨の前後左右ズレが大きい症例
- 叢生量が5 mm以上
- TMD(顎関節症)を併発している
よくある質問Q&A
Q. 部分矯正でも抜歯は必要ですか?
A. 軽度叢生ならエナメル質削合(ストリッピング)でスペース確保が可能ですが、歯の大幅な幅径不足がある場合は便宜抜歯を検討することもあります。
Q. 保定装置はどのくらい装着しますか?
A. 日中+就寝で半年、その後は就寝時のみ半年~1年が一般的。歯並びが安定しにくい症例は半永久的にナイトリテーナーを推奨します。
Q. 保険は使えますか?
A. 基本的に自由診療です。ただし顎変形症に伴う矯正は保険適用になる場合があります。
まとめ:部分矯正は「的を絞った合理的治療」だが適応を見極めよう

- 費用と期間を大幅にカットできるため、軽度の前歯トラブルには最適
- 噛み合わせ全体や骨格的問題は解決しないため、適応外の症例は全体矯正が必須
- 成功には診断力の高い歯科医師選びと保定計画の遵守が不可欠
前歯のちょっとした見た目で長年悩んでいるなら、部分矯正は人生を変えるコストパフォーマンス抜群の選択肢となり得ます。まずは信頼できる矯正歯科で精密検査を受け、自分の歯列に最適なプランをじっくり相談してみてください。