「歯茎から血が出るのは普通」「歯磨きでの出血は仕方ない」――その認識は危険です。出血は、歯茎から発せられる重要なSOSサインのひとつです。
歯周病は「サイレント・ディジーズ(静かな病気)」と呼ばれ、自覚症状が乏しいまま進行し、気づいたときには重症化していることが少なくありません。一方で、初期症状を正しく理解できれば、早期発見・早期治療が可能です。本稿では、見逃しやすい初期サインを歯科医の視点から整理して解説します。
目次
衝撃の事実:歯周病は全身の健康を脅かす

歯周病と全身疾患の関連
近年の研究により、歯周病は口腔内にとどまらず全身の健康にも影響することが明らかになっています。歯周病菌や炎症性サイトカインが血流を介して全身に波及し、以下の疾患リスクを高めます。
- 糖尿病(血糖コントロールの悪化)
- 心疾患(心筋梗塞リスクの上昇)
- 脳梗塞(発症リスクの上昇)
- 誤嚥性肺炎(高齢者での発症リスク増大)
- 早産・低体重児出産(リスク上昇)
- 関節リウマチ(症状増悪との関連)
日本人における有病状況
厚生労働省調査では、35歳以上の約8割が何らかの歯周病所見を有するとされています。しかし自覚のある方はその一部に限られ、無症候のまま進行しているケースが多いことが課題です。
歯周病の進行段階と症状

進行段階 | 主な症状 | 歯茎の状態 | 治療の可逆性 |
健康 | 自覚症状なし | 薄いピンク色で弾力、点状小窩(オレンジピール状) | — |
歯肉炎 | 軽い出血・腫れ | 赤み・浮腫 | 完全に改善可能 |
軽度歯周炎 | 出血・口臭・退縮 | 発赤、歯間拡大 | 進行停止は可能 |
中等度歯周炎 | 動揺・排膿・強い口臭 | 退縮著明、深いポケット | 進行抑制が中心 |
重度歯周炎 | 痛み・歯の脱落 | 大きな退縮 | 抜歯が必要な場合あり |
初期段階では痛みが乏しく、気づきにくいのが特徴です。以下のサインが一つでもあれば注意が必要です。
歯茎からの5つのSOSサイン

1. 出血:最も確実な警告サイン
健康な歯茎の所見
薄いピンク色/弾力がある/ブラッシングで出血しない/表面に細かな凹凸(オレンジピール状)
炎症歯茎の所見
赤〜赤紫色/腫脹して光沢がある/わずかな刺激で出血
出血のタイミング別の目安
出血のタイミング | 重症度の目安 | 受診の緊急度 |
歯磨き時のみ | 軽度 | 早めの受診 |
食事中にも出血 | 中等度 | 速やかな受診 |
自然出血(何もしなくても) | 重度 | 緊急受診 |
2. 腫れ:活動性炎症の指標
朝に腫れが強い/圧痕が残る/熱感を伴う/腫れと同時に出血がある――いずれも炎症活動性が高いサインです。
3. 色の変化:進行度の目安
薄いピンク → 濃いピンク → 赤 → 赤紫 → 暗紫へと移行するほど、炎症の進行が疑われます。
4. 口臭:細菌活動の増加
腐卵臭・硫黄臭が強い/朝方に増悪/ブラッシング後も持続――歯周病由来の口臭の典型像です。
5. 歯茎の退縮:進行のサイン
歯が長く見える/根面の露出/冷水痛(知覚過敏)/歯間離開――いずれも組織の破壊が進んでいる可能性があります。
自宅でできる簡易セルフチェック

以下5項目のチェックを実施
□ 歯磨き時に出血する □ 歯茎の一部が赤く腫れている □ 口臭が気になる
□ 歯茎がぶよぶよする □ 歯が長くなった(退縮が気になる)
判定と目安
該当数 | 判定 | 推奨対応 |
0 | 良好 | 定期検診継続 |
1–2 | 要注意 | 1か月以内に受診 |
3–4 | 可能性高い | 2週間以内に受診 |
5 | 進行が疑われる | 速やかに受診 |
歯茎マッサージでの所見
軽く押して出血・強い圧痛・弾力低下がある場合は炎症が示唆されます。
見逃しやすい部位別の注意点

奥歯(臼歯部)
歯ブラシが届きにくく、プラークが停滞しやすい部位です。
要注意サイン:噛むと違和感/食片圧入(食べ物が挟まる)/局所の腫れ・出血
前歯(審美領域)
見た目の変化で気づきやすい反面、退縮や隙間拡大を“加齢現象”と誤認しがちです。
着目点:色の変化/歯間離開/歯頸部の露出
年代別のリスクと対応
年代 | 主なリスク要因 | 典型症状 | 重点対策 |
20–30代 | 不規則な生活・ストレス | 軽度出血・口臭 | 生活習慣是正・セルフケア習慣化 |
40–50代 | ホルモン変化・生活習慣病 | 退縮・動揺 | 医科連携・炎症コントロール |
60代以上 | 免疫低下・薬剤性口腔乾燥 | 重度症状・欠損 | 専門的治療・維持管理強化 |
女性でリスクが高まる時期:思春期/妊娠期(妊娠性歯肉炎)/更年期(エストロゲン低下)
早期発見のための定期チェック
毎朝30秒の観察
色調(赤みの増加)/腫れ・出血の有無/口臭の変化/歯の見かけの長さ
週1回の詳細点検
歯茎の弾力(軽い圧迫での反応)/歯頸部の状態/歯の動揺感/歯間の変化
初期症状を見つけたときの対処

すぐに行うべきこと
- 丁寧なブラッシング(45°角・小刻み・弱い圧)
- デンタルフロス/歯間ブラシの併用
- 抗菌性洗口液の短期使用(指示があれば)
- 禁煙・節酒・睡眠確保・ストレス軽減
避けるべきこと
- 出血が怖くてブラッシングをやめる
- 市販薬のみで漫然と様子見
- 症状を放置する
受診の目安
- 3日以上続く出血
- 腫脹・疼痛の併発
- 強い口臭の持続
- 歯の動揺感
- 目立つ退縮や膿の排出
まとめ:初期サインを見逃さないことが最大の予防

- 歯周病は無症状で進むことが多く、出血・腫れ・色調変化・口臭・退縮は重要サインです。
- 日々のセルフチェックと適切なセルフケア(ブラッシング+補助清掃)が、早期発見・進行抑制の鍵となります。
- 疑わしい症状があれば先延ばしにせず、早めの歯科受診を。歯周病は全身の健康とも密接に関連するため、初期対応が将来の健康を左右します。
本日から、鏡で歯茎を確認する短い習慣を始めてください。小さな気づきが、歯ぐきと全身の健康を守る第一歩になります。